木下やすこってどんな人?

調布・生活者ネットワークに入会して、すぐ平和部会の部長になったのは、「あすわか{明日の自由を守る若手弁護士の会}」などの講座を受けて、憲法を学ぶ会をコツコツ続けてきたからです。自宅などを会場に、数人で憲法の意義や、現在の憲法と明治憲法の違い、今の憲法の重要な「キモ」は何かなど、学び、話し合ってきました。

プロフィールを見ると、関西の有名私立女子校に中学校から進学、大学院からイギリス留学という学歴です。でも、本人に確かめるとちょっと違うのです。確かに、中学校から私立女子校に進んだのは「普通」ではありませんが、大学院に進んだのは勉学意欲だけではなく、第二次ベビーブーマー世代でありながら就職難に直面してしまったからだと言います。

大学卒業直前の1月には、阪神淡路大震災で神戸市の自宅が全壊して、家族で住む家が無くなるという災難に遭いました。育英会の奨学金を頼りに、すでに決まっていた大学院に進学しましたが、就職への不安はつきまといました。院生を増やすという政府の方針が作られ、就職難も手伝って全国で院生の数が増えましたが、大学教員の職が増えるわけではありませんでした。また世の中は実学主義の時代に突入していたため、文系学部への風当たりは厳しく、学歴はついても就職に繋がらない、と人生思い通りにはならない経験を何度もしてきました。

それでもロータリー財団の奨学金を得て留学し、帰国して結婚。多額の奨学金の返済の必要もあり、中高で英語教員として働き始めましたが、運動部の顧問業務を含め、多忙な教員生活で体を壊して休職に追い込まれ、30代の半分近くを「引きこもり」で過ごしたと言います。しかし、結婚後10年近く経ってようやく子どもにも恵まれ、「普通の生活」を手に入れました。その大切な子どもを妊娠中に今度は東日本大震災。原発事故のせいで放射能汚染の不安が一気に高まりました。お腹の中の小さな命を守るために何を食べ、どこの水を飲めばいいのかという不安の中で、原発政策という政治に無関心だったことを悔い、こういう時には誰ひとり政治と無関係ではいられないのだと悟ったそうです。

その思いをさらに強くした出来事は、2015年の一連の「安保法制」の強行採決であり、調布市議会が「安保法制の推進を求める意見書」を採択した全国で8市の議会の一つだったことです。平和憲法のもとで戦争とは無縁の国だと思っていたのに、戦争への道が現実味を帯びてくるように感じられ、同じ思いを持った友人と共に「安保関連法に反対するママの会@調布」を立ち上げて、街頭でのアピールを始めました。教材作りを通して身につけた技術を生かしてチラシを作って街頭で配り、戦争反対を訴えました。その様子は東京新聞夕刊の一面を飾ったこともありました。

教育現場を知る一人としても教育に人一倍関心を持っていたため、2018年には2022年までの「第3期調布市教育プラン」の策定検討委員会の市民委員に応募して選ばれ、2018年6月から10月までの委員会で議論を重ねました。その経験がなければ、今回のようなチャレンジはなかったと、今はその経験を与えてくれた委員会にとても感謝しているそうです。